緊急時のインタフェースに必要なこと
夏になると増えてくる事故は、水難と海難。
今年も悲痛な事故があったのだけれども、車載システムの非常時におけるインタフェースを改善することで防げたのではないかという車両水没事故があったので少し考えたい。
『30分前、別車両も水没 最後の電話で「さよなら」 |下野新聞「SOON」ニュース』
一一〇番する約三十分前の同日午後五時五十五分ごろ、現場の市道で乗用車が浮いているとの通報があった。通報者によると、当時、現場の水かさは一メートル以上になっており、水に浮いた乗用車の窓から人が乗り出している様子が見えたという。
(中略)
また、鹿沼署によると、同日午後六時二十分ごろ、「冠水で(車の中に)水が入ってきた」と一一〇番があり、午後六時ごろから同六時二十分の間に現場に進入したとみられる。
(中略)
現場は東北自動車道下でくぼんだ場所。冠水しやすいため、同市は一九九六年、同自動車道の手前約五十メートルと約三百メートルの市道沿いに「路面冠水装置」を設置した。冠水約十センチで「通行注意」、約二十センチで「通行止め」と自動的に表示され、赤色灯が回転するシステム。さらに通行止めの場合は、委託業者が高架下入り口付近にバリケードを設置する決まりになっている。
同市によると、事故当日は午後五時三十三分に装置は「通行止め」表示に切り替わった。しかし水量が多かったことなどから、バリケードは設置できなかったという。
鹿沼署によると、当日の現場の最高水位は約二メートル。付近の人たちは「今回の水量は異例だが、台風や大雨のたびに川のようになる。何か対策が必要だと思っていた」と話す。
同市は「今回は予想を超えた雨量だった」とした上で、「事故が起きてしまったことを踏まえ、総合的に対策を検討していきたい」としている。
(中略)
午後六時十八分、宇都宮市内の実家にいた母親の携帯電話が鳴った。出ると「助けて」と叫ぶ声が。
「どこにいるの」と聞いたが、「水が、水が」「ワーッ」「ギャー」と悲鳴を繰り返すばかり。最後に「さよなら」と言って電話は切れた。一分間の出来事だったという。
この事故の最大の反省点は、『完遂しやすい場所だと知られながら、対策が取られてこなかった』ということと『道路が封鎖されなかった』ことに集約されるだろう。
ただ、今回はなぜ水没した車内から脱出できなかったかについて考えたい。
事故にあった女性は、なぜ脱出しなかったのか?
電話して助けを求めても間に合わないと言うこと、適切な方法を取れば窓からの脱出が可能なこと、これらを理解していれば十分助かったケースではないか?と思われる。
幾つかの水没実験動画を見てみると、最低1分弱長くても数分で車両は完全に水没し車内も水で満たされる。つまり、速やかに脱出することが必要とされるようだ。
(追記)
はてブで紹介されていた水没車からの脱出実験を見てみると、5〜10分程度は水が入ってこないみたい。日本車の方がシーリングがいいのかな?
今回のケースでは、水没してから2件電話をかけていることと、『現場近くのガソリンスタンド従業員が午後六時すぎ、鹿沼市内方面から走行して現場に進入した車を目撃していた。』との証言などから、冠水地点に進入してから完全に水没して電話が切れるまでに5分程度はあったのではないかと思われる。
つまり、十分脱出可能な時間はあった筈だ。
先に脱出した女性も『 「車のエンジンが止まり、車が船のようにグルグル回った。あっという間に腰まで水につかった」という。午後五時五十五分ごろ、一一九番する一方、窓を開けて脱出』している。
なぜ脱出出来なかったのか?ここでは、3つのケースを考えたい。
- 脱出法を知らなかった
- 窓が開かなかった(パワーウインドウが止まるなど)
- ドアを開けようとして開かなかった
- 水流が凄かった
4つ目のケースのように、豪雨の流水により車がグルグル回って脱出不可能だったと言うことも考えられるが、進入したと思われる時刻の18:10〜18:20の間の降水量データを見てみると、9.5mmから5.0mmに収まりつつあり、流入量は減っていたため水流もおだやかになりつつあったのではないかと思われる。脱出した女性の時間帯が一番降水量も多く、水流が激しかったことを裏付ける。
それ以外の上記3つのケースでは、水没時における対処方法をドライバー側が正しい知識を身につければ問題無くなる。
しかし、全てのドライバーに正しい知識を身につけさせ、非常時の対処訓練を行うというのは非常に困難ではないか?
(普通の人にも)とっさの行動なんて期待できない
航空などの非常にリスクの高い分野以外、非常時の対処訓練と言うのは得てしておざなりになりがちだし、対処方法を体で覚えていると言うケースは少ない。(職場の防災訓練や、免許取得時の救命訓練を思い出してもらえば納得いくのでは?)
しかも、訓練した結果にもあまり期待は出来ない。
戦争の心理学という本の文中で『訓練されたことしかできない』一例として『犯人から銃を取り上げる訓練をするときには、相手から銃を取り上げて、その銃を相手に返して、また取り上げる動作を繰り返す。「本番」になったとき、犯人から銃を取り上げた警官は、奪い取ったその拳銃を、そのまま犯人に返してしまったのだという』という笑って済ませられない事例がある。
事故とほぼ同様のシチュエーションで訓練しない限り、訓練の効果は無いと言うことだ。
訓練を受けた人間でさえ、非常時の機転を利かせた咄嗟の行動なんて殆ど期待できないということだろう。
ましてや、訓練を殆どしておらず非常時に対する意識も低い場合、パニックを起こしてしまう可能性も高まってしまうだろう。
非常時に、動く動機となる音声ガイダンスの導入
そこで、非常時における音声ガイダンスを導入することが出来れば、システムとして事故を防げるのではないか?
AEDの場合、常に非常時に用いられ、しかも使用者の機器に対する理解度は低い。そのため、落ち着いて誰にでも簡単に取り扱えるよう、音声ガイダンスが大音量で流れるようになっている。
また、緊急地震速報受信機でも、「身の安全を確保してください。落下物に注意してください。揺れが収まるまで身を守ってください。落ち着いて行動してください。」などと、利用者を落ち着かせつつ適切な処置が取れるようになっている。
自動車でも、水没時などの緊急時の対処方法を音声ガイダンスで流すことで、水没事故時の死亡事故をかなりの率で防ぐことが出来るのではないか?
車内に水濡れセンサーを複数設置し、水没事故を検知した時点で以下の音声を流す。
「落ち着いてください」
「シートベルトを外してください」
「水圧でドアは開きません」
「まず、窓を開けてください」
「窓が開かない場合、レスキューハンマーで割ってください」
「レスキューハンマーはサイドポケットにあります」
「窓の端の部分を叩き割ってください」
「窓から脱出してください」
(完全に水没後)
「ドアは開きます、窓から脱出不能ならドアを開けて脱出してください」
この程度の音声を流すだけで十分だと思う。
このような装置を実際の自動車に組み込むことを考えると、事故率と搭載コストの兼ね合いというシビアな問題が自動車メーカー側からは突きつけられてしまうかもしれない。
それでも、自動車のように緊急時の対処を知らない率が非常に高い製品の場合、緊急時の音声ガイダンスは今後必要性が高まってくるのではないかと思う。
誰もが対処法訓練を出来ないのなら、インタフェース側で防ぐことでしか事故は減らせないのだから。
自動車に限らず、事故を未然に防ぐインタフェースの重要性が高まっている気がしてならない。